ブライアン・ジョーンズBrian Jones

大学に入りたての頃だったと思う。原宿のローリング・ストーンズ専門店“Gimme Shelter”に1つのハーモニカ(ブルース・ハープ)がガラスケースに入れられ売られていた。価格は定かではないが確か50万円か100万円だったように思う。ハーモニカの両端には真っ黒になるほど手垢がついていた。ブライアン・ジョーンズが使っていたハーモニカである。恐ろしく使い込まれたハーモニカを前に、私はブライアンに出会ったような錯覚を覚えた。

brian&jimiローリング・ストーンズの創設者にしてリーダーであったブライアン・ジョーンズは、若干27歳にしてこの世を去った。若くして亡くなったこともあって、彼の才能は時に伝説のように扱われている。「楽器の天才」、「アレンジの天才」などである。特にブライアンが楽器の天才であることを最も強く印象付けているのは“Paint It Black”でのシタールの演奏ではないだろうか?一度聴けば、チャーリー・ワッツの力強いドラムに見事に融合したシタールの音色を誰もが記憶することであろう。多くの楽器をこなすだけではなく、ギターとハーモニカでもずば抜けていたように感じる。ミックやキースはブライアンの背中を見て成長していった、そう見て間違いは無い。

ところでストーンズのルーツがブルースであるのはブライアンがいたからである。バンド名はシカゴブルースの巨匠、マディ・ウォーターズの"Rollin' Stone"にちなんで、ブライアンが命名したものだ。もしミックとキースがブライアンに出会わずにバンドを始めていたら、「遅れてきたビートルズ」にはなったかもしれないが、ビートルズの対極をなすバンドにはなりえなかったであろうと私は考えている。ブライアンがいたからこそ「悪魔」というイメージがストーンズに当てはまったのだと。

ブライアンの功績は、ストーンズの創設者であるということが大きく取り上げられている。確かにその通りなのだが、それ以上にブルースを世界に知らしめること、後世に残すことへの貢献が大きいように私には思える。ブライアンがいなければ、私は多くのブルース・ソングに出会うことはなかったからだ。また、ブライアンがミックやキーストで会うことなく、ストーンズを始めていなかったとしても、それなりのブルース・バンドを始めたであろうことは容易に想像が出来る。そして麻薬中毒となってストーンズ脱退後、まさに彼自身の音楽を始めようとした矢先に亡くなってしまったことが残念でならない。

その後、ブライアンのブルース・ハープは、ある日を境に、店頭から姿を消していた。あのハーモニカは誰かが大事に持っているのだろうか?ふとそんなことが気になって、ブライアン・ジョーンズについて書いてみたのだが、また随分とまとまりのないことを書いたものだと反省するばかりである。私はブライアン・ジョーンズという人間にも魅力を感じているが、「何故?」と訊かれると返答に戸惑う。「愛すべきろくでなし」とはよく使われる言葉で、よく言ったものだと感心するばかりだが、私自身の言葉で語ることが未だ出来ない。そうしたことが影響しているのかもしれない。

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