画家や芸術家の著書ほど面白いものはない。中でもよく読んでいたのがマルセル・デュシャンのノートやダリの著書である。デュシャンの場合は、本人が出版するつもりのないノートなので、彼の思考を覗き見している気分になる。
ところで、今回はゴーギャンである。19世紀末に登場した画家である。ゴーギャンの手記というと「ノア・ノア」が有名であるが、この手記にはあまり興味がない。ヨーロッパ文明を逃れてオセアニアに住み着いたゴーギャンの生活を書いたものである。ゴーギャンのタヒチ画をよりよく見るには役立つのであろうが、恐らく「ノア・ノア」はゴーギャン自身、画の理解のために書いたと思われるのである。
興味があるのは晩年の「ゴーギャン手記」である。全体としては、構成が滅茶苦茶なのだが、感嘆してしまう文章がちりばめられている。『人生とは』の中では、彼の人生観は、「人生とは、人がそれを意志的に実践するのでなければ、少なくともその人の意志の程度にしか、意味を持たないもの」であり、美徳や善、悪といったものは所詮言葉であり、人間はそれを砕いて建物を建てなければ無意味だという。
ここに彼の人生観は確立されたものとして表されているのだが、次に「誰も善くはなく、誰も悪くはない。誰もがみなそうであり、ありかたは違ってもそうである」となってしまう。自信はないのだ。そしてさらに「私は愛したいと思いながらそれが出来ない」、「私は愛すまいと思いながら、それが出来ない」と述懐し、「人はその影を引きずっているが、それでも折り合っている」などと愚痴をこぼす。
が、すぐさま「私はときに善良であった。私はそのことで得意になりはしない。私はときに不良であった。私はそれを後悔しない」と書く。あまりに鮮烈で、私の好きな文章の一つである。
因みに、その後は「総ては真剣であり、ばかばかしくもある」などと書いたり、「目の利く船乗りは、仲間のしくじる場所で危険を乗り越える」云々と続け、「ある人は意志し、他の人びとは戦わずして諦める」と結んでいる。
構成は滅茶苦茶かも知れないが、『人生とは』を読むならば、これがゴーギャンの生き様の総てであると捉えて間違いはない。それほど素直に書かれているように思う。晩年、自らの人生をこれほど素直に書き綴ることの出来る大人物はそうはいないのではないだろうか。ゴーギャンの画について詳しくはないが、人間・ゴーギャンの魅力はこうしたところにあるのかも知れない。