ポール・サイモンPaul Simon

ポール・サイモンが今年5月、新しいアルバム「サプライズ」をリリースした。ブライアン・イーノが参加することで、これまでとは曲調が全く異なっており、まさにサプライズといっていいだろう。ストーンズにも驚かされたが、60代半ば近いサイモンが新たな音楽を求め続けている姿勢には敬服する。

私は小さい頃からサイモンの音楽を聴いて育った。中学の頃には歌詞カードを読みながら毎日のように聴いていた。U2の詩も好きだが、サイモンの詩は私にとっては特別なものである。このポール・サイモンの特集を数年前「ユリイカ」が取り上げていたが、ひどい内容だったのを記憶している。何しろ和製ポール・サイモンだとか言われている、およそフォーク・シンガーとは思えないミュージシャンや、サイモンの名をペンネームに使用している3流ドラマの女流作家などが記事を書いているのである。

ポール・サイモン

サイモンの音楽はその曲調から、大人しく暗いものと捉えられがちだが、実際は全く異なる。サイモン自信は、非常に穏やかな人なのだが、その穏やかさは曲調にしか現れていない。彼の行動と詩は、必ずしも穏やかなものではないのである。

「アメリカ」という曲が最も良い例で、大抵の人はこれをラブ・ソングと受け止める。この詩では「キャシー」と「私」が結婚の約束をし、バスに乗り込む。バスの中では「あの人はスパイかも知れない、あのネクタイはカメラになっているんだよ」と冗談を言ったりしている。だがまんざら冗談でもない。60年代のアメリカである。キング牧師、マルコムⅩ、JFKが暗殺された時代である。米国の反戦・反差別運動は自分たちの生命に密接に関わることであっただけに、全共闘などとは比較にならないほど深刻であったのだ。「アメリカ」の最後には、ニュージャージーで車の行列をバスの窓から眺めているシーンがあり、「あの人たちもみんな アメリカを探しに来たんだ」「みんなアメリカを探しにやってきたんだ」で終わるのだが、深刻な時代にアメリカを探すという歌詞があるだけで、この歌がラブ・ソングではないことが容易に推察できる。

80年代、We Are The Worldが終わるとサイモンはアフリカに渡る。アフリカの飢餓救済のために行なわれたWe Are The Worldに参加したミュージシャンのうち、実際にアフリカに行ったのはサイモン1人ではないだろうか。彼はアパルトヘイトが行なわれている南アフリカの黒人ミュージシャン達と一緒に「グレイスランド」を作成し、ジンバブエで南アフリカのミュージシャンたちと共にコンサートも行なっている。様々なミュージシャンが参加しているのでアフリカ版のWe Are The Worldを見ているかのようでもあった。このコンサートの最後、「コシ・シケレリ・アフリカ(最下部に補足記載)」をサイモンと登場したミュージシャン全員で歌うのだが、拳を突き上げ、悲痛な顔つきで歌っていた光景が今も目に焼きついて離れない。欧米で、アフリカの音楽を取り入れて成功したミュージシャンはサイモンが最初である。グレイスランドはグラミー賞を受賞、アメリカ国内ではちょっとしたアフリカブームが巻き起こった。

その後南米の音楽を取り入れた「リズム・オブ・セインツ」を発表。91年にはこの2枚のアルバムをメインにセントラル・パークでコンサートを行い、何と50万人が集まっている。しかもステージにいるのはサイモンとほんの数人を除けば、ほとんどがアフリカか南米のミュージシャンだ。この頃の曲調は穏やかではない。アフリカの黒人霊歌が賑やかであるように、サイモンの曲調もアップ・テンポで「アメリカ」よりも直接的にアフリカ社会を歌詞に投影させている。

その日 時間が経つのがやたら遅く感じられ
道端の兵士達に太陽光が照り付けていた。
眩しい光は 粉々に打ち砕かれた商店の窓ガラス。
乳母車の中に隠された爆弾は
受信装置に電線で繋がれていた。

今は脅威に満ちた時代。
これは長距離無線
カメラが私たちの姿をスローモーションで捉え
私たちは自分自身の姿を見つめる。
私たちが見上げる星座は
大空の彼方で死にかけている。
今は脅威に満ちた時代
だから泣くんじゃないよ。
(ボーイ・イン・ザ・バブルより)

私はグレイスランド以後のサイモンの詩が特に好きだ。現代の日本詩壇では、社会のことを書くと「現実的すぎる」だとか「世俗的になってしまう」といった評価がされる。それに間違いはないのだが、社会と人とを同時に作品に投影させる詩があってもおかしくはない。サイモンの歌を聴いていると、大先輩の詩人が「こうすればいいんだよ」と語りかけているような錯覚に陥る。米国では、リンキン・パークなど強いメッセージ性を持つ歌を創る若者が現在も登場し、民衆に受け入れられている。開拓・奴隷時代から続く、吟遊詩人たちが受け継いできた流れを想うと、素直に羨ましい。日本にはない伝統である。その伝統がない日本だからこそ、しっかり受け止めもしないままサイモンの詩をまるっきり勘違いしてしまうのであろう。