東京都千代田区神田は、古本屋街でもあることから学生時代に幾度も通った街である。最初に私がこの街に行くようになったのは、今の三省堂書店のならびにビクトリアレコード店があったからで、確か三階に行くとLPのフロアだったのを記憶している。現在はこのビルはゴルフ店になっていたろうか。
近くにはすずらん通りの入り口があり、通りに入ってすぐに古いビル(二階建てだがれっきとしたビル)があって、その一階にじゃがいもや玉葱といった少しの野菜、雑貨や古本など、何を中心に販売しているのか判断しにくい店があった。しかも品数が豊富なわけではなく、店内にはかなりの余裕があったのを記憶している。今はこの店ももうないのだが、神田で「生活」を感じさせる数少ない店の一つで妙に懐かしい。
古本屋の中でも私がよく通ったのは、三省堂のならびにある田村書店という古本屋である。建物自体が傾いたような古本屋で、傾いた階段を上がって二階に行くとこの店の親父さんが、人の通れる隙間をかろうじて残すように積まれた本の奥にある机にいる。昔、祖父から学生時代に読んだ本だと言って一冊の古い洋書を貰ったことがあって、売る気は全くなかったが、今ではきっと高価なものに違いないと思い込み、田村書店の親父さんに見せたことがある。
タイトルを訳すと「倫理学」であったから、あれはスピノザだったのか。もしスピノザの古い洋書ならそれなりの値で売れそうなものだが、親父さんに、「こういった本は今流行らないからね。いくらにもならんよ。ほら、そこ見てごらん、ヴァレリィの原書がたくさんあるだろ。ああいう本に祟られてね、ウチは傾いちまってるんだ」と言われたのを憶えている。古い洋書などで、どうしても読まねばならない本があって、しかし高くて手が出ない貧乏学生の諸君はこの二階で相談するといい。在庫があれば、本を開いてメモくらいはさせてくれるはずである。何度も通えば、椅子と机を借りられて、しかもコーヒーだって出てくることもあるのだ。長居したとしてもヴァレリーの祟りがあるくらいだ。スピノザの勘違いは遠慮したいが、ヴァレリーの祟り、大歓迎ではないか。
この田村書店の並びに、店名を忘れてしまったが、いわゆる小説本をたくさん並べている小さな古本屋がある。覗いてみると村上龍だとか最近の作家がほとんどで、特に見るものはないなと思ったら大間違い。この古本屋は安保闘争の頃、機動隊に追われている学生を積極的にかくまっていた店で、秋田明大、山本義孝などの本を隠し持っているのである。当時のポスターなんぞを見かけたこともあったが、あれはデモ体験者の中年の皆様が懐かしくて買うのだと聞いた。家の壁に「三里塚・・・」と書かれたポスターを貼るのもいかがなものかと思うが。といっても私の通った大学の研究室には、その世代の教授が主任だったものだから、日大闘争云々と書かれた貼紙が額に入れられていたのだが。
神田はあまり変ってほしくない街であったのだが、明治大学の駿河台校舎が巨大なビルになってしまい、景観は一変してしまったように思う。中高生の頃、ビクトリアレコードの帰り、私はよく明治大学の駿河台校舎に入り込んだ。周りの学生や職員は、子供が入ってきているものだからちらりとこちらを見るが、特に何も注意されず、恐らくは大講堂に、入り込むことが出来たのである。世間知らずの私は、この古い講堂の佇まいに興奮した。大学というところは、このような場所で勉強するのだなと、憧れも抱いた。その校舎が、今はない。
学生時代私は一冊の本を手に入れるために神田にあるほとんどの古本屋の書棚を、丸一日かけて探し回ることが常であった。大概は、「こんな所に寺山修司の見たこともない本がある!」と余計な発見をし、余計な出費を重ねていたものだが。だからであろう、どんなに景観が変っても神田は落ち着くことのできる街なのだ。沖縄に暮らす今ではたまにしか行くことが出来ないから殊更、せめて古本屋街だけは変らずそのままでいて欲しいと願うのである。